大学院への歓迎の辞
(2002.4.1 工学系研究科電気・電子工学専攻への新入生へ)
まずは,大学院,修士課程,博士課程への入学,進学おめでとうございます。常務委員とは大学院の主任教授のことで,もろもろの雑用をする係りですが,専攻を代表してお祝いとお願いをします。
(1)よく学びよく学べ
(2)プライドを持て
(3)まわりを利用せよ
(4)予見制御
という4つのことを話します。
(1)よく学びよく学べ
中学,高校での個性化・多様化教育が大学教育の弱体化を招いています。この馬鹿げた風潮は小学校でのゆとり教育と授業時間の大幅削減におよび,いよいよ来たるべきものが来たという感があります。いつの時代も流行に流されないことが大切だとすれば,世の中が勉強しなくなってしまった今こそ,自信をもって勉学に精を出す絶好のチャンスです。
もっとも世界的視野で見れば,日本だけがおかしなことをやっています。日本の初等教育の素晴らしさは長く高い評価を受けてきました。それをいま自ら捨てようとしています。いま若者が勉強した方がいい最大の理由はアメリカがやっているからです。アメリカは基礎教育に大変な予算と力を注いできましたが,その効果は目に見える形になってきました。
アジア近隣諸国もまた同じです。最近,数学や英語の能力などについてさまざまなランク付けを目にします。大学もそうですね。中には,ランク付けの方法を疑問視したりして,たいしたことはない,まだ大丈夫,などという人もいますが,無視してはいけません。
近隣諸国から日本への派遣員が頭を悩ます最大の問題は子供の教育です。日本の小学校は進度が速いのでついていくのが大変だからでしょうか?とんでもありません。日本の小学校ではろくなことを教えてくれないので,帰国してから,本国の教育についていけなくて困っているのです。
みなさんは幸いにして逃げ切りました。しかし,あとに続く若者は,日本に関する限り,若者でなくて馬鹿者かもしれません。しばらくはあなたがたが支えていくしかありません。ぜひ,よく勉強してください。世界は勉強しています。みなさんの敵は世界であります。ぼやっとしていると,世界は,日本をおいてどこかへ行ってしまいます。
ここに至って,大学でも,研究より教育が大切であることに気がついてきました。すべての大学が研究大学を目指すべきではない,というのが私の持論ですが,みなさんの立場で言えば,勉強が大切です。皆さんは研究が大切だと思っているでしょうから,あえて,こういう言い方をしておきます。
研究ばっかりしないで,先人や競争相手の仕事をよく勉強してください。コミック誌を読む暇があったら,さまざまな専門書や論文を,広く深く,読みまくってください。
決して,自分の今もっている知識の範囲で,ものごとをすませようとしないことです。輪講という科目がありますが,他の分野の話を聞く格好のチャンスです。こういうものを大切にして下さい。これが,よく学びよく学べ,と書いた意味です。
(2)プライドを持て
これは恥ずかしいことを言わない,ということです。皆さんが割と普通にやっていることで,私がたいへん恥ずかしいと思うことは,主として2つあります。
一番目。「忙しいです」と言うこと。自分から,最近忙しくて大変です,などというのは,「私は要領の悪い能力のない人間です」とわざわざ宣伝しているようなものです。だから,そういうことは言わない。何かを頼まれても,いやがらず,悠然とこなしてください。これが東大生というものですね。
次に,私は英語は不得意です,とか,数学はちょっと苦手なのですけどよろしくお願いします,なんて言わないこと。わざわざ,弱みを見せることはありません。先輩のいうことがよくわからなかったりして馬鹿にされ,悔しいと思えば,家に帰ってこっそり勉強してください。そして,次の日には,いっぱしの専門家を気どってください。これが東大生のプライドというものですね。これをするかしないかで大きな差ができてきます。
(3)まわりを利用せよ
最近,科学技術行政は大きく様変わりし,総合科学技術会議の方針に従って,莫大な研究費が4つの重点分野に集中投資されるようになりました。明確な目標設定と,数年ごとの評価にもとづく効率のよい研究開発が行われる,ということになっています。
しかし,この評価ばやりの政策が,実はとんでもない誤りであった,ということにならないように祈るばかりであります。
今はそのようなことを論じる場ではありませんが,いずれにしても,みなさんの指導教官の先生方は,かつて経験したことのないほど,雑用に時間をとられるようになってしまいました。ほおっておくと,研究室に顔を出さない日もあるでしょう。いや,1週間でも10日でも研究室に行かないでしょう。行きたくないのではありません。忙しすぎて行けないのです。でも先生方は,決して,忙しい,とは言いません。理由は先ほど述べたとおりですね。
混沌とした何の役にも立ちそうにない学問から,また,指導教官や仲間の学生たちとの,時間を気にしない議論の中からこそ,本当に新しいものが生まれることは,間違いありません。レールを敷いてその上を走るというような今のやり方では,こういう機会がどんどん減っています。
では,みなさんはどうすればよいか。それは簡単ですね。教官室を襲い,指導教官の邪魔を大いにやってほしい。指導教官は,みなさんが考えているよりずっと視野が広く,世の中とのつきあいもあります。伊達に東大教授をやっているのではありません。これを利用しない手はありません。
邪魔をされることは,指導教官の義務でもあり,よろこびでもあります。黙っていると何も起こりません。みなさんから襲ってください。これが3番目。
(4)予見制御
最後に,専攻長としての,実務的なお願いをします。
学生の数が増え,じつに多様な学生が来るようになる一方で,事務職員が減り,皆さんの面倒をみてくれる事務室は多忙を極めています。真夜中まで残業が続くというような異常な事態が日常化しています。これを軽減するためには,当然でありますが,手間のかかる学生へのサポートは削らざるをえなくなります。
従来,電気系は,大変面倒見のよい専攻でした。それは,優秀な事務職員の犠牲の上に成り立ってきました。しかし,時代は変わりました。いくら優秀な職員といえども人間です。みなさんと同じ人間であります。当然,限界もあります。
たとえば,レポートの締め切りを守らないとか,気づいたら単位が足りなかったとか,そういう面倒な学生をこまめに救うというようなことは,もうできませんしやりません。大学院には,基本的に努力賞はなく,結果主義であります。厳しいけれどこれが現実です。このことは皆さんもよく自覚しておいてください。
しかし,これは,みなさんの側から見れば,きわめて簡単な解決法があるのです。今まで秘密にしてきましたが,今日は特別にその秘策をお教えしましょう。
それは,締め切りを1週間早く設定するということです。いつも1週間ずつ先にやればいいのです。エネルギーも所要時間も同じです。私の専門分野の言葉を使えば,予見制御といいます。目標値の未来値をちょっと利用するのです。性能は大きくアップします。
そうすれば日々の生活に「ゆとり」ができます。できた「ゆとり」を使って,自由な発想をしてください。これを本当の「ゆとり」教育というのです。みなさん,これから,ゆとりのある大学院生活を送り,大学本来の大きな使命である,未来の価値創造に力を注いでいただきたいと思います。
以上をもって,私からの歓迎の言葉といたします。一緒にがんばっていきましょう。