「重点研究分野」方式の弊害


 現在の科学技術政策の最大の欠点は,せっかくよい議論をしても,それを実現する手段(すなわち control input)が「分野の選択」に限られていることである。すなわち先端的「重点研究分野」というものが作られ,集中投資がなされる。バイオ,ナノ,環境などである。これは大きな足かせであり,誤りである。結果,人々はごぞって「重点研究分野」へ関わりがあるような顔をして作文をし研究費を得ようとする。

 どのような分野にも,基礎から先端まである。先端だけで成り立つと考えるのは幻想である。学生を一人前に育てあげたり,基礎研究を実用まで持っていくためには,地道で長く手厚いサポートが必要である。それは,先端的とはとて呼べない泥臭い仕事である。

 大学の先生は,control input にノッチフィルタが入ったような「重点研究分野」方式に違和感を覚え,幅広い学問的な基礎を大切にせよという。ところが,この「基礎」が総合科学技術会議レベルでは,なぜか「人間としての基礎を扱う分野」というような翻訳をされ,インド哲学ですか,などとなるらしい。(インド哲学は象徴的表現です。他意はありません。)

 大切なのは「インド哲学」ではなく「先端分野の基礎」をになう底辺の増強である。この底辺は無限に広い。将来の先端分野を生み出す人間を育てる基礎教育であるから,1年や2年では成果も見えないし,いまはやりの評価にもなじまない。話の歯切れは悪くなり,強い言い方ができない。そして論客の多い「重点研究分野」方式に負けてしまう。

 しかし,こんなことを続けているとボディーブローが効いてきて,10年もすれば日本の科学技術の母体はボロボロになる。アメリカはいち早くこれに気づいて基礎を固め効果が出ている。中国は基礎に力を入れるしか今はできないが,逆にハングリーで役立つ人材を輩出している。日本だけがおかしなことになっている。早くあらためないと大変なことになる。具体的には,底辺に競争的資金が行く仕組みを作らないといけない。

 私はいま,生産技術研究所の試作工場長,という立場にある。14人の優秀な職員がおり,きわめて精力的に工場を運営している。ところが,試作工場が競争的資金を獲得して(....こんなことをしないと予算が減っていくこと自体がかなりおかしいのでだが),教育や研究をサポートするべく充実させる,というようなことはできない。なぜかというと,そういう資金をあてがう「重点研究分野」がないためである。しかし,これを放置しておくと,工場はなくなり血の通わない「外注」に頼ることになる。

 さて,当学会の扱うシミュレーション技術は,「先端分野の基礎」をになう底辺か,それとも「重点研究分野」だろうか。いや,そんなことをいちいち気にしなくてもよい,安心できる科学技術政策を望むのは小生だけではあるまい。諸賢のお考えはいかがであろうか。


「シミュレーション」巻頭言,平成16年12月