座談会: 産業応用部門の課題<企業と大学からの期待>

Table Discussion on "Issues of the Industry Applications Society, IEE of Japan -Expectation from Industries and Universities-"

 産業応用部門が発足してもう10年以上になる。21世紀を間近にひかえたこの正月,部門役員などと若手数名が集まり,産業応用部門の課題を話し合った。自然学園を創立された西條隆繁先生をコメンテータにお迎えした。話題は多岐にわたり座談会は3時間におよんだ。夜は席をかえてさらに数時間つづけた。座談会の成果は十分にあった。録音した発言をもとに対話調で書きたいところであるが,多くの紙面を要するのでここでは解説風にまとめる。

山梨ワイン(議論活性化担当)

 たかが学会,されど学会。もともと,ボランティアベースのロビーである。肩ひじ張らないで,ワインでも飲みながら,自由な議論の場であってほしい。


1.大学から学会への期待

 学生の立場から見ると,学会とは論文発表の場,これがすべてである。身内の学芸会からデビューする社交界である。やっている内容よりもその背景や意味を問われて洗礼を受ける。研究者として育ってくると,客観性を確認したり,所属・立場・年齢をこえた問題意識の同一性を感じて連帯感を持ったりする。学会誌や講演会を通じて専門知識を収得する場でもある。
 教官にとっては研究の客観性を学生に教えるいい場となる。親の言うことよりよその人に言われたほうが効果がある。もちろん自分のためにもなる。技術委員会や調査専門委員会を通じて研究組織を作る場でもある。しかし,最近の様にインターネットなどを使って,どこでも自由な組織作りができるようになると,規則や前例をあまり強く言いすぎると人心が離れはしないかと懸念する。
 学会誌と商業誌の差は何だろうか。肩のこらない商業誌にかえっていい解説がのる。そもそも解説記事は,誰のため,何のためのものかをよく考えたい。専門の解説という目的の他に,学生のためのものがあるとすれば,編修企画に学生の参加が必要である。(注:電気学会誌では学生の企画ページが毎号4ページだけある。)また,研究会や大会で動員をかけて見かけの盛況を装っても,本当に役に立たなければ空虚である。
 さて,学会活動への提案をいくつかしてみよう。まず,就職情報の提示である。企業発行のリクル−ト誌とは一線を画したい。産業分野が多様化した今日,10人採用すれば10人とも活かしたい企業にとって,学生に正しい企業活動認識を与え,現場体験をしてもらうことは急務であろう。学会を仲介にしてこれができないか。健全で新しい産業の育成に貢献できそうである。次に,現在12ある技術委員会の活動を常に評価し,スクラップ&ビルドすることによって,新しい分野を取り込めるようにできないか。あわせて,調査専門委員会の設置,提案の簡素化,講習会による資金調達なども考えられよう。

松井信行(名古屋工業大学)

 組織が硬直化するとみんな逃げていってしまう。商業誌にも負けてしまう。学会は,いったい誰のために,何のためにあるのか,いま一度よく考えてみたい。地方からは,電気学会は東京の人が中心にやっているように見えてしまう。通信によるゼロ距離社会では,学会活動の地方分権,支部との連携が大切である。


2.企業から学会への期待(その1)

 企業は,技術者教育の一環として,同一専門分野の技術者の相互啓蒙による発想力・技術力の向上を,学会に期待している。というのは,専門分野はどんどん細分化されていくので,企業内だけで議論していたのでは井の中の蛙になるからである。
 不思議なことに,ひとつの企業に長年いると,発想法,ものごとへのアプローチのしかた,さらに文化そのものまでが似通ってきて唖然とすることがある。外の世界との交流が必要である。純技術的な立場からは,技術トレンドの紹介や方向の示唆を期待する。
 ユーザとメーカ,あるいはユーティリティ側の技術者との純技術的交流の中から,新しいなにかが生まれぬか,といつも思う。お客とメーカという立場だけでつきあっていると,技術的に本音の議論ができない。
 学会は,規格・標準の制定などによって,社会システムの合理化に手を貸す必要がある。現在進行中の規制緩和なんてまだなまぬるい。もっと根本的に合理的なシステム作りができないものか,といつも考えている。もっとシンプルで,合目的的なシステム作りを,学会が主導できないものか。
 産業や社会の構造変革に対応した技術開発の方向付けを行うことも学会の役割である。一部の人を除けば多くの人々は右往左往しているのが現状である。これをひとつの大きな方向に向かって集約していければ,と考えている。

古川一弥(三菱電機)

 昨今のように専門分野が細分化されてくると,企業の中にだけいたのでは,発想法まで似てきて井の中の蛙になってしまう。いま,産業や社会の構造は大きく変化している。規制緩和なんてまだなまぬるい。もっと根本的に合理的なシステム作りができないものか,といつも考えています。


3.企業から学会への期待(その2)

 なぜ企業人は学会に行くのか。それは,情報収集と宣伝活動のためである。
 情報収集には,技術動向の調査(業界・大学・他社などの最先端技術のレベルを知り,今後の進む方向を見きわめる),自社の不足技術の収集,製品開発ニーズの収集(業界の問題を調べ自社技術によって解決できないか,さらにそれを製品化できないか),共同研究相手の探索,自分が気がつかなかった問題の発掘,などの側面がある。
 宣伝活動としては,自社の技術力のアピール(自社の技術レベルの高さを示して受注や信頼関係構築の一助とする),研究活動の熱心さのアピール(顧客へのアピールのみならず求人採用活動,とくに質的向上の一助とする)といった魂胆がある。
 しかしこれらに加えて,技術発展や標準化への協力,という崇高な目的もある。たとえば,産業応用分野の技術レベルの引き上げ,規格や用語の標準化の推進などにはおおいに協力したいと考えている。
 最後に,自社研究者の啓発と育成に役に立つ。これらが,学会に行く目的である。
 以上をふまえ,企業にとって魅力ある学会とは何かを考えてみた。それは,
 @参加人員の多い学会
 A発表件数が多くタイムリーなシンポジウムが開催される学会
 B企業にとって未知の技術が多く見られる学会
 C企業にとって使いやすい研究,すなわち研究の背景や目的がはっきりしている研究が発表される学会
 D最新技術やある技術範囲が体系的に習得できる資料や書籍を出版している学会
ということになる。一方的な要望事項ばかりであるが,これがいつわらざる期待である。

伊東淳一(富士電機)

 学会は,最新情報を収集するとともに,自社の技術力をアピールして若い人材を獲得する場でもあります。みんなで相互に情報を発信しあい,魅力のある学会を作りあげることを願っています。
 思い立ったらすぐに会員になれるように,インターネット(とくにホームページ)を活用して,オンラインサインアップで簡単に入会できるようにすると便利だと思います。


4.学会から大学・企業への期待

 昭和62年に発行された産業応用部門誌第1号に,部門の活動として次のようなものが挙げられている。@部門誌の発行,A部門調査研究活動,B部門大会の開催,C会員の拡大,D部門会計の確立,である。これらは現在もそのまま受け継がれており,これらの事項に対して積極的な参加が望まれる。
 具体的には,以下のようなことになるだろう。
@学会への加入勧誘 学会に入っていない人に,入るよう勧誘していただきたい。人数が増えることにより会費収入によって財政基盤が確立される。
A学会活動への参加 歴代の部門長がこれまでに言ってきたように,学会活動は金を払ってボランティアをするところである。学会活動はボランティアによって支えられているので,多くの人の参加が望まれる。ただし,あくまでも自発的に行える範囲であることが重要で,過度な要求をするようになると長続きはしない。
B論文の発表 新しい優れた論文を発表していただきたい。部門誌の論文はもちろん,研究会や部門大会にも積極的に論文を提出し参加していただきたい。
C研究会論文の年間予約 予約をしてもらうことにより作成資料数の予測が立ち,過不足なく確実な売り上げが見込まれる。
D学会活動を行う人に対して理解を示すこと 大学では学会活動はプラスの要素となるが,営利を目的とする企業では直接目に見える利益とならない。しかし,常に最新の情報が得られるから,企業にとってもプラスになる面が多い。学会活動に係わる人に理解を示してほしい。
E調査専門委員会や協同研究委員会への参加 調査専門委員会は委員会数に制限があり,報告書提出の義務など制約がある。一方,協同研究委員会は,活動資金は自分持ちであるが,制約が少ない。これを積極的に利用してほしい。

木村軍司(東京都立大学)

 これからの学会は,社会への働きかけや科研費の申請など,外に向かった活動が必要です。鹿野先生を中心に行ってきた,子供理科教室などは大切に育てていきたい。
 学会も日々のルーチンワークを減らして,長期的なスコープを議論する場や時間を増やして行きたいと思っています。国家的なプロジェクトへの参画も十分考えられます。


5.長寿社会における学会の役割

 これからの日本は高齢化社会を迎える。技術革新で生産性が上がったことと景気が悪いことによって,生産性の低い高齢者のくびが切られ,従来ほどには老化していなくても職を失う。年金暮らしの高齢者予備軍や体に障害がある高齢者が増えるが,年金を負担する若者や介護する人口は減る。いま社会機構を改革しなければ福祉社会が破綻する。
 産業界ではリストラを行って老害を排除し,若返りを図っている。従業員平均年齢が若い会社が収益を上げていると思われるが,これでは真の問題解決にならない。当面はよくても,日本全体が老化に向かっているという時代の流れに逆行するからである。
 福祉行政はいかにあるべきか,年金は,介護は,…という切り口は電気学会だけで解決できる問題ではない。では何をなすべきだろうか。
 それは,高齢化社会の本質を啓蒙し,好ましい研究活動を活性化する企画を立てて推進することである。高齢者を再発掘して再登用していくいくつかの範例を示すことである。
 離職した高齢者をボランティアとして積極活用をはかる。高齢者は経験と知見を要する作業に向いている。若年者とペアーになって以下のような業務にあたるとよい。すなわち,@論文の査読,A議事録作成,B年間スケジュール管理,Cコピー作成,Dインターネット通信作業,などである。
 別の言い方をすれば,研究のキーコンセプトやブレークスルーに若い研究者がエネルギーを没入できるように,高齢者が定形業務を負担するという図式である。電子メールを使えば自宅でも十分活動できるからもってこいである。
 高齢者に活動の場を作るためには,その活動目標を設定する必要がある。そのためには,さまざまな層の人を集めた座談会をやって,高齢化社会の実像を浮き彫りにするような意識調査を行ったり,アンケートをとったり,懸賞論文を募ったりするといいだろう。高齢研究者の優秀論文を表彰してもよい。
 高齢者をサポートする器具や機械の研究開発を奨励してはどうか。四肢増力ロボット,補視力器,補発声援護,思い出し援護装置(夢)などはどうだろう。
 将来の理想は,高齢者の再開発という考え方ではなく,各年齢層が得意とする分野に自然な作業分担ができる断絶のない組織体をつくることであろう。

宮下一郎(東洋電機)

 今年で60才になりました。もっと高齢の人に座談会に出てもらえばいいのだけれど,年上の方に仕事を押しつけるのは難しいので出て参りました。学会は老若男女が同じ志をもって進んで行くところ。高齢者の得意なところを発掘して利用し,研究活動を活性化しましょう。
 何歳から高齢者という臨界点があるわけではないけれども,過去のどの時代より臨界年齢は高くなっていますね。


6.若者を刺激する学会活動

 研究者を志す最近の大学院生は,@国際感覚を身につけ世界に通用する研究者を目指している,A実用的な研究に興味が移りベンチャー志向が強まっている,この2点を共通して意識している。若者を刺激するには学会はこれに応えなければならない。
 @については,国際会議に参加するための援助だけでなく,留学に対する斡旋や支援がほしい。たとえば留学先の選択幅は,指導教官の顔の広さで決定されてしまう。IEEEなど各国の学会と協力し,受け入れ研究室の情報を整理して公開すれば,大きな助けになるであろう。受け入れ側にとってもメリットがある。カリフォルニア大のある教授によれば,アジアのある大学からは「10年に1人の天才学生」が毎年推薦されるので,その受け入れの判断に困るそうである。電気学会に推薦してもらえればその学生の信頼性も上がる。
 次にAの実用研究への興味の高まりであるが,これは特に理論や計算機シミュレーションのみの研究室の学生に多く見受けられる。このような状況に対して,学会が産学共同研究をバックアップできれば大きな力となる。
 まず,企業がテーマを提示して研究室を募る。逆に,大学の研究室が産業に役立ちそうなテーマを提示して興味を示す企業を探してもよい。この仲介を学会が行う。交渉成立後は,モデルの説明や実験機の提供が企業から行われるだろう。さらに,学生が企業の研究室に出張して実験を行ってもよい。
 磁気ディスク装置を生産している日本メーカ数社は,SRC(Storage Research Consortium)という組合を組織して,大学の研究成果を吸い上げつつ企業どうしが連携を保っている。研究分野はヘッド・媒体・情報処理・サーボと多岐にわたるが,どの分野でも大学と企業が好ましい関係を保ち,熱い討論がなされている。日本の産業が国際競争社会で勝ち抜いていくためには,このような試みが不可欠である。
 また,セミナーや見学会の企画方法を再考してはどうだろう。有名な大学の先生や企業の研究者の講義は聞きたいと思ってもなかなかチャンスがない。そこで,若手から学会にリクエストを行って企画を行う。企業や研究所への見学会も同様である。日本EVクラブでは電気自動車の手作り教室を開いていたが,もの作りのノウハウは熟練者に教わるのが最も効率がよい。これを学会主導で行ってほしい。
 電気学会は総合学会なので,様々なバックグランドを持つ研究者と交流できるという魅力があるが,あまりにテーマの幅が広いため,ひとつの分野に集中して議論を行う場とはなりにくい。若者は見識はなくても集中力はある。ある分野をほりさげ自分の力を試したい。見識と経験が豊富な年長の指導者と,視野は狭いが集中力・体力にあふれる若者で役割分担することが研究開発の分野では重要であろう。

藤本博志(東京大学)

 若手から年長者に,とくに学界の big names に向かってものを言うのは大変勇気のいることです。学生のリクエストに応じて企画を行う仕組みをぜひ作ってほしい。兄貴分ぐらいの人が窓口になるとやりやすい。
 若者を刺激する学会活動は,国際交流,産学協同,ベンチャーがキーワードであると思っています。


7.部門を活性化し会員拡大を図るには

 会員拡大委員長として,昨年7月に作られた会員増員キャンペーン実施計画における,部門別キャンペーンを実施する予定である。具体的な目標は以下の通り。
 まず,部門の活勤推進員の組織化を行う。現在の活動推進員は300名程であり,当部門の所属は高々100名程であろう。100名を300名程度に増員し会員拡大をお願いする。部門大会において活勤推進員会議をもち,会員の声を聞く場とする。部門大会,研究会などにおいて入会コーナーを設けることをルール化し,入会する機会を増加する。
 会員へのサービスの向上策として以下のようなことを考えている。@会員と非会員の明確な差別化を行う(会員カード発行,特典の増加),A共通的技術のチュートリアルな解説を部門誌に掲載する,Bホームページの会員の声のページを技術的問題の相談コーナーとする,C新しい分野(通信,情報,ソフト,電気自動車,ITS,バイオ,医療機器,環境機器,エネルギーなど)の積極的な取り込みを図り,専門家以外の技術者を取り込む。
 こうして,新しく,面白く,そして身近な産業応用部門としていきたい。

大熊 繁(名古屋大学)

 伝統的な分野と新しい分野の両方をバランスよく取り込んでいかなければ学会の未来はありません。今までなじみのなかった人をどう取り込んで行くかがポイント。中小企業の取り込みのために,講習会の企画やコンサルタント業務を真剣に考えたいと思っています。山ちゃん,おれはやるよ〜!


8.アカウンタビリティの波と学会の役割

 不況は企業から基礎研究所ブームを一掃し,大学には,科学技術基本法によって莫大な研究費が流れこんでいる。文部省と科学技術庁の合併の話もある。いまこそ企業は大学をおおいに活用する時代に来ている。日本の基盤は製造業であり社会の要請である。これを忘れてはならない。この大学と企業の橋渡しに学会は大きな役割をもっている。
 企業の格付け,大学のランキングといった動きが非常な勢いで進んでいる。大学はなぜ税金によって運営されるのか。それは社会が何かを大学に求めるからである。それは即戦力の人材か,あるいは未来価値の創造であろうか。いずれにせよ,大学が社会の評価を受けるのは当然である。しかし,いわゆる第三者評価は,全くの外部から行ってもらうのではなく,自ら行いそのプロセスを公開することが重要である。自らを評価するスタンダードである。これを他が作りそれに従うとすれば何とも情けない。ましてや外国からの押しつけになればもっと情けない。
 このような時代に,学会がその存在意義をあいまいにしておいて許されるはずがない。学会のアカウンタビリティ(透明性)が問われる時代が来ている。これに失敗すれば学会はつぶれる。
 一方,高校での個性化・多様化教育が大学学部教育の弱体化を招いていることは明白である。文部省は間違っているのではないか。われわれは,大学教育を高校生によく見えるようにすることが急務である。4年間で何が学べ,どういう将来があるのかということを,高校生に向かって透明にする必要がある。社会は大学に教育を期待する。研究ではない。国公立100,私立500の大学の評価が進めば,おのずと役割は分かれてくるだろう。教育の方が大切なのだから教育大学の看板を掲げることは敗北ではない。
 中学,高校,大学,大学院,そして企業までをも巻き込んで,これからの工学教育をどのようにしていけばよいか。学会は国家に対してはっきりした提言をしていく義務がある。

堀 洋一(東京大学)

大学や企業と同じように,これからの学会にはアカウンタビリティが求められるようになるでしょう。自分の会費がどう使われているかなどはその基本。また,産業応用部門のアイデンティティはまさに産業との連携。絶対にこれを捨ててはいけない。これは工学教育の問題につながる。


9.産業応用部門の道

 かつて,クリントン大統領はカンター代表に大きな権限を与え,通産省と交渉して自動車などの市場を開かせようとしたけれども,結局うまくいかなかった。業を煮やした大統領は日本の弱点を調べ金融にあることを見抜いた。方針をかえて大蔵省と銀行を攻めたらあっさりくずれてしまった。(この件で暴露されなかったらモラル無き金融行為がまだ続けられていたであろう。億単位の,一般製造業者に比べてはるかに高額の報酬をもらいながら日本経済を歪ませた人々からは,税金に頼らず自らの給与から僅かでも返済しようという良心的な声が聞こえない。)
 そういうことではないのか。かように日本の製造業は強いのであり,決して下手くそな金融で食っていこうとしてはならないことを物語っているのではないか。もしこの教訓を生かせないとしたら,それはまさに工学の自殺行為である。いま,土木,建築,化学,金属,機械,電気…,このような,大学の古い学科名に代表される基幹工学(バックボーンエンジニアリング)とでも言うべきものは,まさにわが国のアイデンティティであり本質的に優位にある分野である。このことは,新卒学生の求人が常に売り手市場であることからも裏付けされている。
 とすれば,わが産業応用部門は,文字どおり産業界を大切にすることが肝要である。たとえば,学術に偏りすぎている論文誌論文として,記録的な製品,総合開発的製品などを報告する「技術論文」とでも呼ぶべきものを積極的に採択していくことである。産業界の仕事の価値を学会が認めることである。
 次に,みんなが参加できる学会にすることである。電気学会論文誌は,SCI(Scientific Citation Index)に入っていないと聞く。国際的な学術価値を認められていないということである。技術論文を混ぜればさらに可能性は低くなる。しかし,数千人の会員がいる以上,こういう多様化構造を取り入れていかねばならない。いろいろなことを同時にやっていく窓口を増やすことが必要である。これをまず産業応用部門でどのように実現していくか,これが当面の大きな課題であろう。


鹿野快男(東京農工大)

 近代西洋文明の延長上にある20世紀の工学は,いわば欲望のテクノロジー。20世紀が欲望の世紀ならば,21世紀はその制御の世紀といえるでしよう。工学は経済と直結するからよけい始末が悪い。やっとそういう声が聞かれるようになってきました。
 日本の基幹製造業は強いのですが,環境問題が単純に大量生産を許しません。工学と製造企業そして経済が一連のつながりがあり,我々の生活が支えられています。
 大学と企業の要員で構成されている学会,特に電気学会の産業応用部門では,このような問題を真摯にとらえ考える義務があると思います。
 この問題について,哲学者や宗教家のエッセイなどを毎号,部門誌に載せるようにしてはどうでしょうか。人類破滅への先兵を産業応用部門が担いだなどと言われぬよう,学会が担う責任は大きいと思います。

西條隆繁(自然学園高等学校校長)

 20年前,部門制試行のときに産業応用部門の活性化,会員拡大を図るにはどうすればよいかについて議論した経験がありますが,本日の座談会は,そのときの議論と内容がよく似ていますね。物事は基本的にはあまり変わっていないということでしょうか。ただ環境条件としては,電子メールなどを利用し個人的な活動がしやすくなっており,その点が総合的な学会活動に有利に働くか否か,判断が難しいところです。
 いずれにしましても,まず最初に学会の役割は何なのかを考えておく必要がある。基本となる学会の存在意義は,情報交換,技術交流,人間交流であり,鹿野先生のおっしゃる「欲」を満たしながら学会が発展していくためには,いきつくところ個人の意識向上がキーになる。これはもう哲学や宗教の領域です。
 私は大学を退職し自ら創立した高校の運営にあたっていますが,「天地万物皆我師也」をモットーに「人間いかに生きるべきか」を真摯に追い求める教育を行っています。それが自然科学の研究となんら矛盾するところがありません。その意味で「哲学者や宗教家のエッセイを論文誌に」という鹿野先生のご提案には大賛成です。